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■第9回ワークショップ(2004年12月2日開催)

ゲストスピーカー:加山幸浩氏  (株)イーシー・ワン 取締役会長(創業者)

タイトル:「私の起業体験と経営者としてのメッセージ」


1. 加山幸浩氏の略歴


 1939年生まれ。日大理工学部電気工学卒。36年間、三菱商事の技術系商社マンとして海外出張を200回以上した。先端技術の事業化、研究開発のマーケティング、知的所有権の取り扱い等について経験した。三菱事務機器販売への出向でコンピューター技術に通じるようになり、世界最大の米国のシンクタンク・バッテル記念研究所にも派遣され、最先端の技術や情報を目利きする力を養った。三菱商事にて1988年、49歳のときに社内ベンチャーとしてLAN関連機器・ソフト販売のネットワン・システムズを創業、8年後、株式を公開。5万円株が1600万円の初値がついた。1998年に59歳で三菱商事を早期退職。ソフトの部品化によるシステム構築のイノベーションをテーマに社員3人でイーシー・ワンを設立、Java技術に特化したSI事業(WSI)と、資金調達などIT起業家支援(ITC)が主な事業内容。2002年にJASDAQに上場、社長を40代若手にバトンタッチした。


2.講演内容
 大企業での勤務経験を活かせると判断して起業した。技術担当の商社マンとして培ってきた目利き力が活用できるからである。加えて、ITは得意分野だった。ベンチャーも好きだった。まず上場を目標にし、急成長戦略を掲げた。ビジネスモデルでの競争優位は、ソフトウェアを部品化して再利用することでSI事業が人海戦術から脱皮できること。人海戦術から脱皮できれば、早期に収益を確保できる可能性も高い。ロイヤリティ収入を得ながらソフトウェア使い回す「cBank」事業も立ち上げた。またSI事業とIT起業家支援の2つの事業を融合させることで新たなビジネスモデルも構築できると判断した。ニッチやオンリーワンであることが大切であると説いた。また、中国を大きな市場とみている。すでに中国に子会社を設立し大手ソフトウエア学院とも交流している。


3.振り返って
 会社を早期退職し、起業したて加山さんのところに、古巣の三菱商事の方々が何人か来たという。最初の頃は、様子見だった。多くの人が、「加山さんは起業しても成功しないと思っていた節もあった」という。しかし、順調に社員数も増えてくると、逆に三菱商事からの出資話や、OBから雇ってくれないかという雇用の申し込みもあった。加山さんは「自分を育ててくれた会社への恩返しだと思うことが大切」という。今後、スピンオフベンチャーなど大企業から独立して起業したり、高齢化時代を迎え会社を定年退職後に自分で新たなビジネスを始めたりする人も増えていくだろうが、出身企業との関係を良好に保つのは、自分は何を引き出すかではなく、自分が何をしてあげられるかという発想が大切だと思った。これは、独立起業に関してだけでなく、人間関係全般に言えることかもしれないと感じました。

記録担当者:井上久男


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