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2003年度(2003.4~2004.3) ワークショップ講演
■第4回ワークショップ(2003年5月1日開催)
●ゲストスピーカー:メガチップス会長 進藤 晶弘氏
タイトル:“メガチップス創業への想いと行動”を語る

株式公開申請のための有価証券報告書 IIの部をかざして熱弁の進藤会長。
1.ゲストスピーカーの概要
1979年、名門三菱電機から転身し、リコーの半導体事業部をゼロから立ち上げ、400億円もの事業部門に発展させた立役者が今回の講演者の進藤氏である。
リコー時代には会社の限界を感じ、会社のベク トルと進藤氏個人の目指す方向に大きな溝ができていた。
進藤氏が提唱していたのは、「ファブレス 型(製造部門をもたない)の研究開発型企業のあり方であった。
時代の流れは必ず自分が提唱する方向 に進んでいくと確信し、進藤氏は1990年にメガチップスを創業することになった。
以下の記録は メガチップス創業から現在に至る進藤氏の講演内容の要約を記したものである。
2.講演内容
動機について:なぜメガチップスを創業したか
20世紀は、規格画一製品大量生産方式における効率追求の世紀であり、基本的に同じものを作る時代であった。
その原点はヘンリーフォードが自動車をコンベア方式で作る生産方式をもたらしたが、これが1つの生産革命となった。
その結果、1つ1つの作業を分解し作業の単純化を行う分業方式、管理重視の階層構造組織が一般化して、効率重視の分業社会をもたらした。
これが20世紀の時代認識である。
日本の半導体産業もDRAM一辺倒の横並び経営、工場中心のコストパフォーマンス競争をしてきた。
ところが、技術が成熟化してくると、半導体生産設備は世界中のどこでも買うことができ、どこでも作れるようになり、韓国や台湾でも安く作れるようになった。このように生産力をベースに競争している時代ではなくなった。
このような背景のもと、以下の3点が創業を決意する動機となっている。
(1)システムが抱えている問題の解決策をLSIによって提供する。その為には、両方のオーバーラップしている領域の知識を混ぜ合わせ融合させる必要がある。
(2)米国型の創造的技術をベースとする競争の時代を迎える。アルゴリズムやアーキテクチャーのような人間の頭脳から生み出される創造的な技術で競争する会社が社会の要請となる。
(3)個性的で特化型ベンチャー活躍の時代になる。 そのような時代認識のもと、システムLSIに特化した「研究開発型ファブレスハイテクベンチャー」を育てたいとメガチップス創業に至る。
ビジョンと成長経過について
メガチップスのビジョンや育成シナリオは「創業時」から進藤氏自身が明確に設定されており、その 方向に全社員のベクトルが一致してほぼ実現されていった。
具体的なビジョンの内容は、コアコンピタンスとなるシステム機器とLSI設計のオーバーラップしている領域のアルゴリズム開発とアーキテクチャ開発に経営資源を集中させることである。
この前後の工程については、顧客との応用提携やアウトソーシングによる生産提携によって対応していくことにする。
成長経緯については、スタートアップ期は受託開発事業を行い、自転車操業ではあったが外部に資本を求めず、独立性を維持していた。
創業にあたっては、事務所を確保することもできず公民館を渡り歩いたり、銀行口座を開設できなかったりと、多くの苦労があった。
次の急性長期は、技術の切り売り的な受託開発事業からの脱却を目指し、ファブレスで継続収入が得顧客専用LSI事業を立ち上げた。
そして、安定成長期では、テレビやデジカメ等の機器に向けに特化した自社ブランドの特定用途向けLSI事業を起こし、お客様が複数に拡がった。
この結果として、1998年店頭市場への株式公開を行い、2000年には東証1部上場、そして当初 育成シナリオに基づいたとおり社長交代を行い、進藤氏自身は新たにメガフュージョンを創業することになる。
訪れた危機とそれをどう乗り切ったか
順調な船出から一転、バブル崩壊で受託開発の引揚げによる会社存続の危機に直面することにな った。
社内では、大企業資本を受入れ下請けになり安定路線を歩むか、倒産覚悟で自主独立路線を 歩むか、価値観が対立し分裂の危機が迫り、会社も個人も「究極の選択」を求められた。
ここで、社長は次の4点をリーダーの態度として明確にした。
【リーダーとしての態度】
(1) 動揺を見せない
(2) 自分の価値観、意見を押し付けない
(3) 正面の対立を避ける
(4) 自己責任で判断させる。
そして、2泊の研修会を開催し社員みんなで以下の経営理念・行動指針・経営原則を作り上げた。
【経営理念】
「革新」により社業の発展を図り、
「信頼」により顧客との共存を維持し、
「創造」により社会に貢献する存在でありたい。
【行動指針(信条)】
1. 顧客・パートナーを大切にし、強い信頼関係を築く。
2. 起業家精神を持ち続け、衆知を集め総合力を発揮する。
3. 創造性と革新を重視し、新しいものに挑戦し続ける。
4. 自主性を重視し、建設的な失敗を許容する。
5. タイムリーに決断し、スピーディーに実行する。
6. 常に先を見て、機転と知恵でベストを尽くす。
【経営原則:究極の判断のよりどころ】
1. 会社の発展と社員の幸せの一致を図る。
2. 自主独立で発展する。
これに基づいて、これからのことを各自の自己責任で判断していくことに決定した。
これにより、社長と同世代の3~4名が退社し、当時の30代が会社に残るという苦渋を味わったが、一方で強固な一枚岩の団結をもたらした。
財務の基本方針
資金を固定しないことが基本で、以下の4つの基本方針を設定している。
1. 銀行借入金に依存しない。
2. ベンチャーキャピタルに依存しない、利用されない。
3. 自前のキャッシュフローで。
4. 流動性重視。
これら方針のもと、2002年3月期では、自己資本比率81%の完全無借金経営を実現している。
人材の活用方針
幹部と社員の努力を最大限引き出すために、以下の施策を実行している。
1. 「自己実現の欲求」を満たす仕事を提供する。
● やりがいを感じる仕事に挑戦させる。
● 社会、顧客に認められる仕事を与える
2. 社員のリスクテイクと努力にフェアーに報いる
(1) ストックオプション制度:成果に報いる
(2) 能力にフェアーな処遇:能力主義v これら方針のもと、1996年にストックオプション認定第一号企業となり、社員に経営参加意識を持たせ、社内に株主の視点を入れるようになった。
株式公開について
メガチップス株式公開の目的は、以下のような理由による。
1.日本でも「研究開発型ファブレス・ハイテクベンチャー」が育つという証明をする。 (自分たちのビジョンを認知させる)
2.大企業中心の時代から、個性的なベンチャーの時代への移行の流れを、成功例で示し21世 紀の起業家の目標とする。 (自分たちのビジョンを社会に定着させる)
3.創業者支配を払拭し、株主の協力を得て「社会性と永続性を備えた企業」に脱皮する (人生をかけてくれた社員へのリターン)
4.優秀な人材がベンチャーに目を向ける環境を作る。 (社会的使命、経営原則の実践) 株式公開に際しては、海外の評価を受けるために、海外での株式売出しを同時に行った。
進藤会長のメッセージ
1. 起業家は「一種のアーティスト」です。自分の「志」に基づいて、思いを込めて「築きたいベンチャー像」を描いて下さい。
2.ベンチャー成功の基本はあっても、正解は自分で見出すしか方法はありません。 基本をしっかり参考にしながら、自分で考えて「解」を見出すことです。
3.私もそうでしたが、いつベンチャーをやってみようという気持ちが起こるかわかりません。 人それぞれです。そのときは気持ちに忠実であるほうが、人生に悔いがないと思います。

講義後、進藤会長を囲んで
質疑応答から
――― Q1 ―――
米国型のファブレス形態としたことで、技術流出の懸念はありませんでしたか。
また、注意したことは何ですか。
――― A:進藤先生 ―――
生産を外部に出す=技術を出す ということで、非常に勇気のいること。
そこで採った方法は以下の3点。
(1)国内では競争状態にならないこと。台湾に1社と日本ではNECを選んだ。
(2)強い信頼関係を築くこと。私たちは一切自分たちでは作らない。
相手企業も最先端の生産技術を開発し私たちに開示する。このような信頼関係を構築する。
(3)システム事業では生産委託先にできるだけ分かりにくくする。心臓部のICは自社でコントロールする。 パテントで防御する方法は、日本の特許制度では時間がかかりすぎる。
――― Q2 ―――
苦しい時期のリーダーの態度として、自分の価値観を押付けずに、どのようにされたのですか。
――― A:進藤先生 ―――
一番苦しかった時期は、社員の意見が分かれていたし、絶対相容れなかった。
しかし、日本型の折衷案は採らずに、米国型のディベートによる議論で結論を1つとすることにした。
自分の意見は押し付けないで、研修会でみんなに作ってもらうことにした。
その後の改革では、まず自らを自己否定して、改革案を出させることにより、社員の拒絶がないようにした。(攻撃的な否定)
――― Q3 ―――
進藤先生をヒューマニストで哲学的なものを感じるのですが、目標とした人物はいますか。
――― A:進藤先生 ―――
坂本龍馬。
武士社会から近代社会へ転換させ歴史を変えた、ベンチャーの元祖。
発想がユニークで人に流されない。
「衆人みな善をなせば、我一人悪をなせ。」・・・人のものまねをするな 世の中には原則と条件がある。
日本人はごちゃごちゃにしている。
条件(コンディション)については、柔軟に対応するが、原則(プリンシプル)は絶対に変えない。
我々は技術を売る会社ではないという原則は絶対に変えなかった。

講義後、教室の地下街の飲み屋で、進藤会長と将来を誓い合う
以上
記録担当院生 吉田 賢治・坂本 寛
