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大阪市立大学大学院 創造都市研科

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2003年度(2003.4~2004.3) ワークショップ講演

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■第12回ワークショップ(2003年7月3日開催)

●ゲストスピーカー:ソニー顧問 田宮謙次氏
タイトル : 自進化し続けるソニー ソニーにとっての4つのパラダイムシフト

大阪市立大学経済学部卒業、大手商社勤務後ソニー入社、ソニー盛田会長の秘蔵っ子であり、長年一緒に 仕事をしてきた。米国を中心に海外勤務25年。

1.ベンチャーとしてのソニー
創業から57年経ったソニーの売上は、約7兆円となった。 ソニーは、戦後日本が産んだベンチャーのはしり であり、ベンチャースピリットは今でも受け継がれている。ベンチャースピリットがなければこれからのソ ニーもない。ソニーは進化し続ける。

2.ソニーにおける4つのパラダイムシフト
トランジスタを民生用に使った。しかも、トランジスタをポケッタブルラジオに使った。 真空管ラジオの時 代はもう終わると、その技術の進歩を見抜いてやった。 井深氏のリーダシップが大きかった。

2-2.二つ目のパラダイムシフト ~盛田氏による早期の国際化~
2人の創業者の役割分担:井深氏は技術開発、盛田氏はマーケティング
盛田氏は、昭和20年代から日本のマーケットより海外のマーケットが大事であると認識していた。 トランジ スタラジオをアメリカで売った。
社名を東通工からソニーに変更。ブランドと社名を一致させた。 1980年代に全世界的に起こったグローバリ ゼーションの方向性をいち早く見越して、ソニーのオペレーションをグローバル化の方向に向けていった。 盛田氏の先見性とリーダシップが大きく影響した。

2-3.三つ目のパラダイムシフト ~ベータマックスの失敗から得た教訓~
家庭用ビデオテープレコーダ:ベータマックスの失敗(1975年)。
ベータマックスはVHSよりも技術的には優れていたが商業的にはVHSに負けた。
1)ベータマックスの失敗から得た教訓
エレクトロニクス分野でハードウェアだけで売っていくのは難しくなる。 ソフトとコンテンツが重要となる。
2)ソニーの戦略的多角化へのトリガー
ソフトとコンテンツの重要性の認識により、1988年にCBSソニーを買収。 その2年後にコロンビア映画を買収し、事業領域を拡大した。 ベータマックスの失敗は、今のソニーの戦略的多角化へ踏み切るためのトリガーとなった。松下など他の日本 企業もソフトを取り入れようとしたが、みんなあきらめた。ソニーは最後までしがみついてやった。大賀氏のリーダシップと先見の明で、ソニーを引っ張っていった。
3)プレイステーションの成功
プレイステーションはゲーム機としては後発であるが成功した。ソニーはCDという技術で プレステに入っていったが、ベータマックスのときに苦労したソフトウェアとのアライアンスの重要性を意識して、ソフトウェアの立ち上げに非常に尽力した。 ベータマックスの苦い経験が教訓となった。

2-4.四つ目のパラダイムシフト ~IT化・ブロードバンド化~
  IT・ブロードバンド時代となって、ソニーとして今持っているリソースからうまく相乗効果を発揮させて、有効なビジネスモデルを作り出す必要性に迫られている。今まさにパラダイムシフトの真最中にいる。


講義中の田宮顧問

3.ソニーの風土 ~設立趣意書~
1)「真面目なる技術者(社員)の能力を最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる 理想工場の建設」:モ チベーションの重視
日本の戦後復興は、今のアフガン復興と同じ。その状況で高い志の設立趣意書を作った。 創業者の二人が非常 に高い志と先見性を持っていた。
創業者(経営者)は、志の深さが重要である。
2)「規模の大を追わず」:ベンチャースピリットソニーは、現実には規模が大きくなってしまったが、「規模の大を追わず」はソニーの中に生きており、それがベンチャースピリットである。ソニーは権限の委譲などいつも組織改革を試行錯誤的にやっている。

4.米国の映画会社との闘い
ソニーは、米国の映画会社から訴えられた。田宮氏が全責任をもって闘った。
家庭用ビデオを使う人が法律違反(著作権侵害)となるか? 連邦高裁は、ソニーの家庭用 ビデオを法律違反と判断した。
1)What time is it?
 連邦最高裁判決での逆転を期待しつつ、仮に負けたときのために法律改正のための ロビーイングも行った。
法律改正用のロビー活動の一つとして、ウォールストリートジャーナルに意見広告を出した。「What time is it?」はそのときのコピー。
 家庭用ビデオによって、みんなが時間の束縛から解放され、ソフト産業も大きくなっていく 黎明期に、古い法律でもってその家庭用ビデオを使うのが法律違反だなんて、あなたの時計は狂っているのではないですか?という挑戦的な意見広告
 ソニーの技術に対する信念と、アメリカのライフスタイルを変えているという実績と、ソフトという産業ができはじめ映画会社も儲かる。そしてなによりアメリカの消費者の権利を守る、ということを訴えた。和解案もあったが、消費者に意見広告によってコミットした以上、和解をすれば消費者を敵にまわすことになる。万が一 最高裁で負けて法律改正により本質はすぐ変えられるという自信もあった。
2)最高裁での勝利
 最高裁では、5対4で勝訴。最高裁長官のウォーレン・バーガーという人が一票投じて勝った。 もし、負けていれば、損害賠償額は青天井だったであろう。

5.異企業文化 SONYの進化
 現在、ソニーは、映画、音楽、ゲーム、生命保険、損害保険、ソニー銀行、IT関連、 スカイパーフェクトTVな ど、いろいろな事業領域を持っている。その中で、ソニーは異企業文化を取り入れてきた。ソニーグループのなかでは、いろんなカルチャーの人が一緒に仕事をしており、 ソニーの進化につながる。
1)CBSの買収1年後に、CBSの幹部を夕食会に招待したときのエピソード
 レコード会社の人は普段ラフな格好をしているが、夕食会には上下揃った背広とネクタイをしてきた。 こちらはジャケットは着ているけどもネクタイはしていなかった。我々が、レコード会社のカルチャーはどんなものだろうと一所懸命勉強したのと同様に、向こうもエレクトロニクス企業のカルチャーは どんなものか一所懸命勉強した。その結果が、ちぐはぐな服装となって表れたわけである。

6.不変のもの
  創業の精神とソニーのブランドは不変のものである。ソニーは毎年全世界で5億台の商品を売る。商品を買った人たちはソニーブランドで繋がっている。それはソニーブランドへの信頼でもある。 だから、ソニーブランドの重要性は不変である。
 雪印は80年かけてブランドを築いたが、一瞬で信頼を失った。築城80年落城一瞬である。


学生に囲まれた田宮顧問

以上


記録学生:石崎 坂本

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