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2007年度(2007.4~2008.3) ワークショップ講演
■第07回ワークショップ(2007年5月31日開催)
●ゲストスピーカー:サムコ株式会社 代表取締役社長 辻 理氏
タイトル:ガレージからハイテクベンチャーの創出
<はじめに>
ガレージからの出発という起源がヒューレットパッカードを彷彿とさせるハイテクベンチャー企業、サムコ株式会社創業社長の辻理氏にお話しいただいた。
<講義内容>
■ 起業まで
NASAにてプラズマ化学の専門家として高い評価を得ていた。しかし、他人と違うことをしたい、テクノロジーと違う分野で活躍したいと考え起業、仏製ワインの輸入販売を試みたが失敗した。その後、旧知の電機メーカーから専門知識を見込まれ、アモルファスシリコンの薄膜化装置(CVD装置)の製作依頼を受けた。
■ 第1の壁 起業と実績作り
1979年、装置製作のために京都市内のガレージを借り起業した。京都ではベンチャーの成功者が身近に感じられるが、そこには起業家精神の連鎖があるように思う。早くガレージから出たいという気持ちが事業拡大の原動力となった。銀行からの融資や部品調達に苦労し、鍛えられた。測定機器利用や文献調査には大学の人脈が役立った。こうして完成したCVD装置は好評を得たが、実績の無い会社の営業活動は厳しかった。しかし、アメリカの客先が購入してくれたことにより日本でも注文がくるようになった。
■ 第2の壁 ニッチ市場への選択と集中からIPOへ
起業後10年を経た頃から市場が定まらず売り上げが伸び悩んだ。そこで、マーケティングの勉強をし、5年後のIPOを目標に全社一丸となってニッチ市場への選択と集中をした。その後、対象とした市場を縮小したにも関わらず年間30%の成長を続け、2001年にIPOをした。IPOは目的ではなく一里塚だ。その後の事業発展に面白さがある。
■ 第3の壁 R&D用装置市場の限界と量産用装置への進出
2002年ITバブル崩壊後の業績回復が遅れたため、R&D向け市場のみでの限界を感じ量産用装置市場への進出を決定した。社名変更(社名から「研究所」を削った)、サービス体制の充実、海外向け販売体制の確立を行い、今日の売り上げ拡大に至った。
■ メッセージ
起業家は24時間知恵を出せ。しかし、最先端のアイデアは簡単には受け入れられない。既存のビジネスや技術の改良型が望ましいこともある。スペシャリスト型経営者がゼネラリストに成長して人も企業も大きくなる。苦労は買ってでもせよ。苦言を呈してくれる人がいれば、ありがたいと思え。「仕事が好きかどうか」を重視して人を採用しているが、技術者には時間の観念がなく値段を気にせず良いものを作ろうとする傾向がある。事業化のタイミングは遅すぎても早すぎてもいけない。また、値決めは経営者の重要な仕事であり、高すぎても売れないし安すぎても駄目だ。従業員には規則を押しつけるのではなく、各人の意見をできるだけ取り入れるように配慮すること。事業をしてきて一番うれしかったのは従業員の能力が伸びたこと。「あの人がこんなに成長した」という喜びが「株価の上昇」より面白い。事業が拡大すると、個人保証の限界から間接金融による資金調達にも限界がくるため、直接金融での資金調達が必要となる。投資家の資金を預かる以上、会計等の管理をきちんとすべきである。
<講師略歴>
京都大学、NASAエームズ研究所(シリコンバレー)での研究活動を経て1979年、サムコインターナショナル(サムコ(株)の前身)を設立し薄膜化装置の製造を開始。2001年JASDAQ上場。京都市ベンチャービジネス目利き委員会委員、中小企業庁技術評価委員、京都大学大学院と同志社大学大学院の非常勤講師を兼務。
<担当学生所感>
車2台分のガレージをベニヤ板で囲っただけの研究所兼事務所で起業された辻講師からは、支援環境が比較的整った今日ではなかなか見られない雑草のような逞しさを感じた。起業を目指すものとして、自助自立の精神を忘れないように心がけていきたい。
以上
文責:村本斉新・清水正彦
