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大阪市立大学大学院 創造都市研科

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2009年度(2009.4~2010.3) ワークショップ講演

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■第05回ワークショップ(2009年5月14日開催)

●ゲストスピーカー:株式会社ミセスリビング 代表取締役 宇津崎 光代氏


タイトル:主婦の代弁者になるため教師から転職し創業

1. 講師プロフィール
 1946年、兵庫県出石生まれ。1966年から京都府大山崎町立大山崎小学校にて、教師として5年間勤務するも、建築士である夫と結婚。1971年退職し、宇津崎建築株式会社の常務取締役に就任。1986年、(株)ミセスリビングを設立、代表取締役に就任する。1999年、夫が肺癌により他界、同時に夫の会社の負債14億円を抱えることになり、本社ビルや自宅や別荘全て手放すこととなった。そのような状況の中、成長した子どもたちの支えと沢山の友人・知人の応援で、2000年に「お母ちゃんの住まい」第一号が誕生した。2001年には『お母ちゃんの住まい誕生』を親子で、2007年にも『大丈夫だよお母さん』を親子共著出版。
 その後も活動の幅を広げ、日本だけに留まらず、中国、ロシアやモンゴルに於いて講演やシンポジウムを開催し、世界中に『住育』を広めようと活動している。

2. 講演内容
・(株)ミセスリビング設立し、37年かけて「お母ちゃんの住まい」から『住育』に辿りつく。
  祖父や父は教師という家系であり、父からは「人の役に立つ人になりなさい」と言われ育った。そして、人の役に立つ人になるため、自らも父と同じ教師への道に進む。ある時、実家の新築工事に来た建設会社の現場監督であった夫と出会い、結婚。夫の建設会社独立を手伝うために教師を断念 退職し、常務取締役に就任。
 その頃は、男性中心の家造りで、暮らしやすい家ではなかった。そこに疑問を感じ、夫に提言するも「ド素人は黙っとけ!」と言われ、発奮。設計のプロになるため、仕事や家事育児をしながら猛勉強を開始し、1986年に㈱ミセスリビングを設立、独立した。
 決して外観のカッコよさや、坪単価ではなく、お客さまに、どんな暮らしをしたいかを聞き、暮らしにあった家を設計した。それは女性、特にお母ちゃんの視点から考えられた新しい手法の家造りであった。
 しかし、バブル崩壊に加え、1999年夫の他界によって14億円の負債を抱えることになる。そのため、自社ビルや自宅や別荘を売却することになり、商工会議所の議員も辞めることになる。「死にたい」と思う生活が続くが、娘2人と、さまざまな人に支えられ、2000年に「お母ちゃんの住まい」第一号が誕生できた。2001年には大学の先生たちに目からウロコの家づくり!と出版を薦められ『お母ちゃんの住まい誕生』の本を親子共著で出版。
 その後、辿り着いた「住育」をテーマに日本のみならず世界各地で講演を行い、お母ちゃんの視点に立った家造りを広めている。

・『住育』とは何か。
  「良い住まいの環境」×「家族とのコミュニケーション」=「住育」幸せ家族
 「住まいは人間形成の道場である!家の環境は人の性格を変える」と松下幸之助氏が残されている言葉があるように住まいは家族を育くんでくれる。海外から我が家に見学に来られた団体が我が家を「世界平和のシンボル!」と絶賛してくれインターナショナルエコロジー賞を受賞した家づくりを基盤に、全国の皆さんが仲良く幸せになる家を設計している。
 それは、家族の居場所が分かる家、そして家族のコミュニケーションが取れる家でもある。また、お母ちゃんにとって使いやすい家でもあり、お母ちゃんの傍にキッチンや風呂を配置。さらに、子どもが外から帰ってきたらすぐに分かるようになっている。それは、「ただいま」「おかえり」が全ての基本とし、心と体を大事にする家でもある。
 37年前は暮らしを楽しむことなんて考えられなかったが、今はその人の暮らしにあった家事・子育て・介護まで楽にできる家を設計「お母ちゃんの住まい」=『住育の家』を設計している。
 「住育が世の中の突破口」と信じ、世の中のお母さんを太陽にするため、日々に感謝しながら、赤いエプロンをして、これからも「住育」の大切さを訴え続ける。


講義後アントレ分野学生に囲まれた宇津崎講師

以上


文責:三田村明子・辻本侑介

 

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